乳腺炎

乳腺とは女性の乳房の中にある組織であり、乳汁を分泌する役割があります。妊娠や出産を機に授乳の必要な時期になると、プロラクチンとオキシトシンと呼ばれるホルモンの作用で乳汁を分泌するようになります。この乳腺が何らかの原因で炎症を起こす病気を乳腺炎といいます。

乳腺炎は授乳中の方のおよそ5人に1人がかかると言われており、多くみられるのは「急性うっ滞性乳腺炎」です。これは乳腺から分泌された乳汁が乳房内でうっ滞(流れが滞ってしまうこと)することで炎症を起こし、乳房が腫れるというものです。 乳房の腫れや発赤、激しい痛みなどの症状がほとんどで、発熱や頭痛など風邪に似た症状を伴うこともあります。この状況を放置すると、細菌感染により乳腺が炎症を起こしてしまうことがあります。

特によく聞く症状は、

  • おっぱいが張って、硬いしこりがある
  • チクチクした痛みがあり、触ると痛い
  • 乳房が赤く腫れて痛い
  • 胸の痛み以外に熱っぽく頭痛がする
  • 黄色い母乳がでてくる
  • 少し触れただけでも激痛が走る、です。

乳腺炎の種類

急性乳腺炎は炎症の程度によって、うっ滞性乳腺炎、化膿性乳腺炎、乳腺膿瘍の大きく3種類に大別できます。

うっ滞性乳腺炎

乳汁の排泄不全による乳汁のうっ滞が原因であり、産褥3〜4日目以降に発生することが多いです。非感染性で、ほとんどの場合は片方の乳房にのみ生じます。

化膿性乳腺炎

乳汁のうっ滞をベースとして、二次的に細菌感染をおこした状態です。出産後数カ月で起きることが多いです。

乳腺膿瘍

化膿性乳腺炎がさらに進行して、乳房内に膿瘍(細菌と膿のかたまり)が形成された状態です。

原因

産後2〜4日経過すると乳汁の分泌量が増加します。このとき乳汁が出てくる出口の部分が詰まったり、排泄不全を起こしてしまうと乳房の内側に余計な圧がかかり、それが炎症につながります。

授乳に問題がある場合

授乳の頻度が少ない事や授乳の体勢や抱き方が悪く赤ちゃんが上手く吸えなくなってしまっている、定期的な授乳ができていない、必要以上に長時間授乳をしている、赤ちゃんの飲み残しをそのままにしていることなどが考えられます。

乳汁の過剰分泌

赤ちゃんが必要とする哺乳量よりも多く乳汁が分泌されると、乳汁が乳腺内に残ったままの状態になる傾向が生じ、うっ滞性乳腺炎の原因となります。

乳管の開不全

乳汁は乳腺で作られ、乳管を通って体外に放出されます。特に初産婦では、この乳管が十分に開いておらず、乳汁の放出が妨げられてしまうことがあります。また授乳中は乳房のサイズが大きくなるため、サイズの合わない下着や洋服によって締め付けられることにより、乳管が物理的に閉塞されて乳汁のうっ滞が起こることもあります。

環境に問題がある場合

衣服や下着の圧迫で乳房の血液循環が悪化している、十分な休息がとれていないことなどが考えられます。また、ストレスや食生活の乱れ、睡眠の質の悪さ、排便排尿が正常に行えていないなどの日常生活の乱れがあることで乳汁の質は大きく変化していきます。乳汁は母親の血液から生成されるため、脂肪分や塩分の高い食事が乳管を詰まらせる原因になることもあります。授乳中の方は食事にも注意が必要です。

乳頭に問題がある場合

乳頭が陥没していたり、乳頭に亀裂があったり、赤ちゃんの咥え方が乳頭の形状にうまくフィットしていないことがあります。

症状

急性乳腺炎の症状は、うっ滞性乳腺炎、化膿性乳腺炎、乳腺膿瘍でそれぞれ異なってきます。

うっ滞性乳腺炎

乳房が赤く腫れ、熱感がみられます。乳汁が詰まっている一部に限局して痛みを伴う硬いしこりが特徴で、しこりの部分だけでなく乳房全体に強い痛みが出ることが多いです。乳汁は通常、乳白色から透明に近い色をしていますが、うっ滞性乳腺炎では淡黄色になることがあります。この状態ではまだ乳汁のうっ滞のみで、強い炎症は無く、発赤や発熱はないことが一般的です。

化膿性乳腺炎

うっ滞性乳腺炎が生じている状態で、細菌感染を起こし、急性化膿性乳腺炎に悪化すると、38.5度以上の発熱や関節痛などの症状が現れます。

細菌感染の合併・進行により、乳房に痛みと腫れに加えて発赤と熱感を伴うようになるほか、悪寒や震え、高熱やだるさなど全身に症状がみられるようになります。このとき、症状のある乳房側の腋下のリンパ節が腫れて痛みを生じる場合もあります。

化膿性乳腺炎の多くは左右どちらかの乳房に発生し、悪化のペースが早いため短時間で38℃以上の高熱や、わきの下のリンパ節の腫れなどの症状が同時に出現します。また、乳輪近辺の皮膚から膿(白〜黄色がかった、もしくは微量の血液混じりの、粘稠な液体が分泌されます)がみられることもあります。

乳腺膿瘍

乳房内で細菌感染した部位に膿瘍が形成されることから、これまで述べた症状に加えて、非常に強い乳房の痛み、腫れ、色調変化(暗赤色など)がみられます。

検査・診断

急性乳腺炎は、身体診察でほとんど診断可能です。乳房を観察して腫れや赤みを確認する視診、実際に乳房に触って痛みのある部分の腫れの程度や膿瘍の存在を確認する触診のほか、左右両方の腋で体温を測定します。

視診や触診をして化膿性乳腺炎や乳腺膿瘍可能性があると判断した場合は、血液検査により細菌感染や炎症の程度(白血球数、CRP値など)をチェックすることがあります。さらに、乳腺膿瘍を確認するために乳房の超音波検査を実施することもあります。

また、再発予防のためにも、普段の授乳方法を確認することも大切です。赤ちゃんを連れてきていて、授乳の様子が見せられるようであれば受診時に確認をします。吸着が浅くなっていないか、授乳回数は少なくないかなどの問診が行われます。

治療

治療には、母乳が溜まってしまうのを防ぐ予防的な治療(母乳ケア)と乳腺の炎症に対する薬物治療があります。

母乳ケア

うっ滞性乳腺炎の治療で最も大切なことは、溜まってしまった乳汁を放出することです。一般的な方法としては、赤ちゃんへの積極的な授乳や、搾乳機の使用が挙げられます。痛いからといって授乳を中止してしまうと、悪化する可能性が高くなります。

しかし、詰まってしまった乳管から乳汁を放出させるためには、上記の方法だけでは不十分なこともあります。母乳マッサージや超音波マッサージを利用するのもよいでしょう。

薬物療法

乳腺の炎症や痛みに対しては消炎鎮痛剤を用います。また、化膿性乳腺炎や細菌感染が疑われる場合には、抗生剤を使うこともあります。

乳腺膿瘍では薬物治療に加え、針を乳房に刺すことで内部の膿瘍を吸引除去させたり、皮膚に切開を加えて膿瘍を排出させたりする外科的治療が必要なことがあります。全身への感染による影響が大きい場合には、点滴による抗菌薬投与が行われることもあります。